2017年4月1日土曜日

月と蟹

 海辺の町、小学生の慎一と春也はヤドカリを神様に見立てた願い事遊びを考え出す。無邪気な儀式ごっこはいつしか切実な祈りに変わり、母のない少女・鳴海を加えた三人の関係も揺らいでゆく。「大人になるのって、ほんと難しいよね」――誰もが通る“子供時代の終わり”が鮮やかに胸に蘇る長編。'11年 直木賞受賞作。

 『ソロモンの犬』とも『龍神の雨』とも違い、磯のかおりがする作品。物語は前半、慎一と春也を中心に小さな世界でのろのろと進む。子供の頃の記憶は、人それぞれ違うだろうが、世間を知らないゆえに、自ら作ったルールに囚われていたことを思い出させる。良かれと思ってしたことが、思いがけない事件に繋がってしまったり、相手を思いやる気持ちは、実は自分を落ち着かせるための衝動だと知る。少年たちは、自らの生い立ちを振り返り、過ちを繰り返しながら、自らの姿を水面に映そうとしているのかもしれない。

 5/7辺りまで来ると、この主人公の独白のような物語が直木賞を受賞した理由か分かるような気がする。道尾秀介さんは、大きなものを失った少年少女たちの生き様を描くことで、読者が忘れかけていた各々の少年少女時代を鮮烈に思い出させることに成功している。そして、子供の感性で記憶した思い出を大人の価値観で見直させてくれるのだ。この小説を読むことによって、見つけようとしても見つけることができなかった自分自身を発見することができるかもしれない。

 道尾秀介さんの文章には、使い慣れない言葉を無理に使ったり、調べただけのことをひけらかしたり、自分を上手いとか物知りだとか、大きく見せようとするようなところが全くない。慎一や春也、鳴海の行動や感情は、道尾秀介さん自身や彼の周囲にいた少年少女たちが、実際に体験したことや感じたことのように、子供の語彙を使って描かれており、この物語を読んでいると、自分自身が彼らと同い年の少年少女に戻り、彼ら自身の口から彼らの戸惑いを聞いているような気持になってくる。

物語は、慎一と春也を中心に小さな世界でのろのろと進む。子供の頃の記憶は、人それぞれ違うだろうが、世間を知らないゆえに、自ら作ったルールに囚われていたことを思い出させる。

 良かれと思ってしたことが、思いがけない事件に繋がってしまったり、相手を思いやる気持ちは、実は自分を落ち着かせるための衝動だと知る。少年たちは、自らの生い立ちを振り返り、過ちを繰り返しながら、自らの姿を水面に映そうとしているのかもしれない。

 ソロモンの犬のようにミスリードを誘うようなギミックもなく、龍神の雨のようにある人が変貌することもなく、本当に良い作品でした。

 普通より少しだけ重い運命を背負った小学生の、小さな世界の中に広がる人間らしい気持ちと、抑えきれない衝動を描くことによって、私たちが忘れてしまった感受性が鋭かった時代を思い出させてくれます。

 自分や友達の妄想と現実の境目が曖昧だったあの頃、私たちは厭なものに錘を付け心の底に沈める方法を本能的に知っていた。この本を読むと、あの頃の苦い思い出も残された人生に活かすことができると思えるのです。

 道尾秀介さんは、誰よりも自分が少年だった頃のことを鮮明におぼている作家さんなのではないだろうか?自分自身や友達が、その時に感じていたことを、行動から嗅ぎ取っていたのではないだろうか?とろけるように甘く切ない記憶、ざらざらした苦い記憶、夫々の記憶の味が舌に蘇るたびに新しい作品が生まれるのかもしれない。

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